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存在とはカゴか、それとも空か?
「わたしはここにいる」
それは、止まり木にとまった鳥の声か。
それとも、風の中に揺れる羽ばたきか。
存在とは何か?──それは、古今東西の哲学者たちが問い続けてきた謎。でもね、ぼくはこう思うことがあるんです。
存在とは「カゴ」かもしれない。
形があり、そこに「ある」ことを感じられるもの。名前、役割、住所、SNSのアカウント。私たちは、こうした枠の中に自分を置いて安心したがる。カゴがあるからこそ、自分の居場所がわかる。カゴの中は落ち着くし、誰かが「そこにいるね」と気づいてくれる。
けれど一方で──
存在とは「空」かもしれない。
形を持たない、自由で、何にも縛られないもの。言葉にできないけれど確かに感じる、あの心の広がり。誰にも見えない、けれど誰よりも自分らしい。
ときに私たちは、カゴの中で生きながら、空を夢見る。
あるいは、空を飛びながら、カゴを懐かしむ。
「いま、あなたの存在はどこにありますか?」
カゴの中に? それとも空の向こうに?
ぼくは今日も、カゴの隙間から空をのぞきます。
ふふ、風がやさしく笑っていましたよ。
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